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保田 隆明
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カフェで企業経営学びます? 2
1週間後、友達9人を家に招いて説明資料を友達に説明することにしました。狭い家です。部屋の中は10人の熱気でむんむんしています。あなたは始めます。「カフェを開業したいんだ」。説明は無事終わりました。途中携帯電話も鳴らさず一生懸命話を聞いてくれた友達みんなが言いました。「このカフェは絶対成功するよ」、「絶対儲かるよ」、「喜んでお金を出すよ」。ああ〜、本当になんてあなたは友達に恵まれたのでしょう。

必要な開業資金は1,000万円です。あなたは100万円を出す予定です。必要なのはあと900万円です。それを聞いた友達が言いました。「いまここに9人いるから1人100万円ずつ出すと合計でちょうど1,000万円だね」。シ〜ン。部屋が静まり返りました。みんな顔を見合わせます。どの顔も「100万もの大金を出すのか…」、「今まで一生懸命貯めたんだよなあ…」、「自分の全財産だ、どうしよう…」という顔をしています。

「あ〜、やっぱりもっともっと自分でお金を貯めておくんだったよな〜」とあなたは思います。でもあなたは一生懸命がんばりました。過去5年間欲しい車も買わずに一生懸命お金を貯めました。できることはやったのです。そんな沈黙の中をひとりの友達が言いました。「100万円は大金だけど、お前が成功すれば利益がたくさん出るんだろ?そしたら俺たちも儲かるもんね?」

みんなの顔がパッと明るくなります。みんなの顔に書いてあります。「おお〜、僕たちも儲かるのか〜。ならいい話かもしれないぞ」。

一方であなたの顔は曇ります。「ん?どうして店が儲かって、この友達9人も儲かるのだ?僕が経営する店なんだから儲けは全部店のもの、つまり僕のものでしょ?ん?」。一方でみんなは「一体いくら儲かるんだろ〜、楽しみ!」、「理想のカフェができて、しかも儲かるなんて素敵〜」と口々に言っています。あなたはまだ混乱しています。。

あなたは恐る恐る友達に聞きます。「えっと〜、店が儲かって、みんなも儲かるってのはどういうことかなあ…?店が流行って僕もみんなもハッピーになるのは間違いないと思うんだけどさ」。友達が答えます。「ん?だって店が流行ると利益が出るでしょ?その利益って誰のものかというと〜」、あなたが「僕のもの!」と言おうとしたよりも0.1秒早く友達が「ここにいるみんなのものでしょ?」と続けました。

周りの友達みんな「うんうん」とうなずいています。みんなの顔には「儲かったお金で何をしよう〜?」という夢、希望がありありと表れています。あなただけが納得いっていません。「どうして利益がみんなのものになってしまうんだ?経営するのは僕でしょ?カフェのメニュー考えるのも、集客するのも、キッチンとりまとめるのも、従業員をまとめるのもぜ〜んぶ、僕がするでしょ?その僕の働きにより店は流行って利益が出るでしょ?じゃ、利益は店のもの、つまり僕のものでしょ?!ん?ん?ん?」
(Vol.3へ続く)
キーワード:
− あなたは友達9人を集めてカフェの説明をしましたが、これを事業説明会と言います
| ウォール街 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
カフェで企業経営学びます? 1
たまにはこのサイトを訪れてくださる皆様に恩返しをしたいな、と思っていたのですが、自分ができることは今までの仕事なりで培った知識なりの共有かなと思うので、こんなシリーズ始めてみます。

カフェで企業経営学んでみましょうか?財務戦略面中心ですが。

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自分でカフェを経営したいとずっと思っていたあなた。あなたの頭の中には世の中のどんなカフェよりもオシャレで人々に喜ばれるカフェの構想が5年も前からずっとあります。この5年間は自分でお店を持つためにいろんな飲食店で修行をし、お金をためてきました。

この5年間であなたが一生懸命貯めたお金は100万円です。あなたはカフェ開業には1,000万円必要だと思っています。カフェを開業する資金は全然貯まっていませんが、今が自分でカフェを出すベストなタイミングだとあなたは確信しています。

「カフェ出したいんだけど、お金が全然足らなくてー」と話すあなたに友達が言いました。「あなたが出すカフェならきっと流行るし、儲かるわよ。開業資金が足らないなら少しだけどお金出すよ」。ああー、なんていい友達をあなたは持ったのでしょう。さらに友達は続けます。「あ、そうだ他のみんなにも聞いてみようよ。きっとあなたのカフェにだったらお金出してくれるわよ」。「そうかなあ。。うーん、どうかなあ〜」と自信のないあなた。でも自分の作りたいカフェが日本一のカフェになることだけは自信があります。「ねえ、一度さ、どんなカフェを作ろうとしていて、どれくらい儲かるのかを簡単に説明できる資料とか作ってみなよ。それをみんなに説明してお金出してもらおうよ。だってきっと儲かるんでしょ?」と友達は続けました。

「よーし、じゃあ、説明する資料作ってみようかな」、とやる気になったあなた。「じゃあ、説明資料作ってみるのでできたらまた連絡するね」。と友達に言います。「うん、楽しみにしているね。がんばってね。何かあればいつでも相談に乗るから」と本当にいい友達です。

さて、あなたは1ヶ月かかって説明資料を作り上げました。店のコンセプト、立地、ターゲット客層、一人当たりの予想売上高、1日あたりの予想来店数、そして月ごとの売上げ、利益予想。もう説明資料はあなたの構想と分析でいっぱいです。「よーし、これならみんなお金出してくれるだろう」。あなたは満足顔です。(Vol. 2へ続く)

キーワード:
− あなたを専門用語では「経営者」と言います
− あなたが作った説明資料を「事業計画書」と言います
| ウォール街 | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
2001年9月11日... 5
9.11シリーズはこれで最後です。事件後の2001年9月25日、私が日本に帰国する前日に日本の友達に送ったメールを引用しておしまいにします。あの事件から3年になるのに世界が混沌としていて… 早くもうちょっと明るい感じになってほしいなという願いを込めてのシリーズでした。

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友人の皆様、保田隆明です。一部の人にはすでにお伝えしてありましたが、明日9月25日発、26日着の飛行機で帰国します。10月1日より東京支店勤務です。7月下旬に上司から「9月いっぱいで帰ってくる?」と、当初の予定よりも3ヶ月早い帰国を打診されたときは、「まあ、別にいいか」と大して何も思わずOKしたのですが、今となってはちょうどいい時期に帰国になりましたね。

例の事件以降、たくさんの人からメールをいただき、大変ありがとうございました。100通ぐらいになって、ちょうど帰国の準備や、その他もろもろばたばたしていて、一人ずつにきちっと返事を書けておらず、まったく申し訳ないのですが、どうかご勘弁を。

弊社リーマン・ブラザーズはワールド・トレード・センターのすぐ隣にあり、例の事件により、ビルは相当の物的損害をこうむってます。一時はビルが崩壊する、と言われていましたが、一応何とか立つには立っているようです。テレビであのエリアを映すと、いまや一番高いビルになっていて、窓がたくさん割れていて、下のほうがちょっとひしゃげているビル、あれがうちの会社のビルです。アメックスとうちの会社が入っているんですが、どうやら修復は不可能なようです。もし再びあのビルに入れることがあっても、最低半年後だろう、とのこと。もしかしたら、もう入ることなく、そのままビルを壊してしまうかもね。夜遅くまで残って作った各種プレゼンテーション、資料は持ち帰ることができませんでした。

ということで、うちの会社は部署ごとにそれぞれ別の場所で仕事をしています。私のいた部署はシェラトンホテル600室を借り、オフィスにしています。まあ、大変ですね。

先週の水曜日から金曜日にかけて国内を飛行機で移動しました。ニューヨークを朝7時の飛行機で、サンフランシスコに。ちょうど乗客は50〜60人ぐらい。時間といい、行き先をいい、乗客の人数といい、例の事件はこんな環境で起こったんだなあ、と思いながら乗っていました。さすがに恐かったですけど。

空港のセキュリティーチェックは、驚くほどにあっさりしていました。今までとまったく変わらないと言ってもいいですね。むしろチェックインカウンターが混みこみで。大量の首切りを航空会社は行うとのことで、社員のモラルが下がっているためか、とにかく驚くほどの行列ができてました。

サンフランシスコからはシカゴに。朝6時10分の飛行機だったので5時ぐらいに空港に行くと、ユナイッテドのカウンターには100人ぐらいが列をなしてました。まったく信じられなかったですね。でもセキュリティーはすいすい。まったく通常どおり。こんなんで本当にいいのか、と思いましたけどね。

シカゴ、ボストンと回った後にニューヨークに帰ってきましたが、ボストンで「ああ、あなたのこの便、キャンセルよ」と言われて、「どうして?」と聞くと、「例の事件以来、ボストン−ニューヨーク線は飛んでないのよ」とユナイテッドは言うのです。仕方なく空港中走り回って代りの便をアメリカンで見つけましたが、なんとプロペラ機。30人乗りぐらいの飛行機に乗客6人。死ぬときはこの人たちと一緒か、なんて思いながらプロペラ機はすごい音を立ててニューヨークに向かいました。

マンハッタンの街中は、例の事件以降、レストラン、街を走る車、そしてアパートの窓には星条旗がたくさん掲げられています。テレビ、ラジオなども愛国心を高揚するような雰囲気を作っていますね。そして例のブッシュ大統領の演説。日本語ではどうやって翻訳されたか分からないですけど、英語で理解するニュアンスではまさに戦争ですね。相当の決意、そして国民一体にするという雰囲気を恐いまでに創出してますね。日本だと多分、報復攻撃はやめたほうがいい、という意見が大半なんでしょうが、こちらでは報復は当然、という雰囲気ですね。

アメリカにいる人間は大体そう思っているんじゃないでしょうか。あるラジオ放送でリスナーが「アフガニスタンが、本当に自国民の平和を願うなら、テロリストを引き渡すべきだ」といってました。まさにそうじゃないか、と思います。少数のテロリストを囲うがために自国民が犠牲になるかもしれないリスクまで抱え込むのだから、あの国は相当の覚悟をしていなくちゃいけない、と思います。

今回の事件で犠牲になったアメリカ人は、ベトナム戦争で犠牲になった人数よりも多いんですね。で、アメリカが領土を外国に攻撃されたのは、日本による真珠湾攻撃以来だそうです。今回の事件は、今までのどの事件に相当するか、という質問に対して、真珠湾攻撃をあげるテレビ局がたくさんありました。日本人はあまり何も思ってませんが、アメリカ人にとっては真珠湾攻撃は結構大きな事件だったのです。真珠湾攻撃のあった日は星条旗掲げる人、特に田舎とかでは多いですからね。

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| ウォール街 | 02:18 | comments(4) | trackbacks(0) |
2001年9月11日… 4
ちょっとお休みしていたウォール街シリーズ。詳しくは書いたことがないが、私がウォール街にいたのは2000年12月から2001年9月末までの10ヶ月。本当は1年〜1年半ぐらいの予定だったのだが、私が「MBAを受ける」と東京の上司に伝えたところ、「それであれば東京に戻ってきて一日でも多く後輩を育成してくれ」ということになり、帰国が早まった。帰国が正式に決まったのは9月上旬だった。そのときに日本にいた友達みんなに宛てたメールが出てきた。2001年9月6日付だ。9.11の5日前だ。このメールに対するみんなからの返信は「無事か?」「大丈夫か?」という内容のメールがほとんどになってしまったのだった。

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題名: 帰国
日時: 01/09/07

友人の皆様、保田隆明です。10月1日から東京勤務になり、つきましては10ヶ月に及ぶニューヨーク生活にピリオドを打つことになりました。9月25日発、26日東京着の全日空便で帰ります。

昨日、今日はこちらでの最後の出張でロスに行ってきました。次回JFK空港を使うのは帰国のときだなあ、と思うと少し感傷的になりましたね。夜の12時半到着の便でしたが、空から見るマンハッタンの夜景、とてもきれいでした。やはりニューヨークはかっこいいのです。タクシーでマンハッタンまで帰ってくるときは、イーストリバーに差し掛かるあたりでマンハッタンの全景が見えます。下のワールドトレードセンターから、エンパイア、クライスラービル。そして川を渡るともうそこはビルの谷間、マンハッタンにいるのです。

ニューヨークには空港が3っつあって、国際線も扱っているJFKとNewarkは24時間あいてます。ので、夜の12時半に帰ってくる、という便が可能なんですね。前回のカリフォルニア出張のときも同じように夜の1時着のやつで帰ってきましたが、やはりビジネスの中心であるからにはこういうインフラの充実は欠かせない、と思いました。東京はこういう面、やはり相当劣ってますね。滑走路が一本しかない成田、しかも24時間開港にはほど遠い状態。今後本当に経済を復活させることできるのでしょうか?

そんなに夜遅い便だと席も空いていることだろう、と思うと、いや全然。ほぼ満員なのです。次の日はみんな当然仕事。バリバリ働く人が多いんですね、やはりこの街は。やはりかっこいい街なのです。

そんなかっこいい街を予定より3ヶ月早く切り上げることになり、若干寂しい気もしますが、十分味わったなあ、というのが正直なところです。強いて言えば秋のニューヨークをちょっと味わいたかったなあ、と思いますが。

帰国後は一ヶ月間は六本木の近くにある会社のアパートに住んで、その間に自分の住む場所を探します。また白金あたりにしようかな、と思っています。

では、皆さんと日本で再会できる日を楽しみにしています。いろいろあったニューヨークでの生活、帰国直前になったらそういう生活の総集編メールでもお送りしようと思います。

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| ウォール街 | 02:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
2001年9月11日… 3
アメリカではBlackberryというものがすごい普及していて、これはザウルスみたいなPDAで自分の会社とかに来たメールをチェックできるもの。日本ではみんな携帯電話をピコピコ打っているが、アメリカではこのBlackberryをピコピコ打っている人が非常に多い。BlackberryはきちんとアルファベットのAからZまでの打つボタンがあり、かつ添付ファイルの転送も可能なので、とにかく仕事に重宝する。

で、地上に上がった私はBlackberryを見た。1分おきぐらいに日本の友達から自分の会社のアドレスにメールが来ているのが分かった。が、英語しか読めないこのBlackberryでは内容がわからない。「やっぱりおかしい」

徐々に私はワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んだというのを信じるようになっていた。14丁目から私の住む57丁目までは簡単に言うと43ブロックある。1時間弱歩くことになるわけだ。

あと少しで家に着く、というころになって、今まで全然つながらなかった携帯電話が鳴った。それは中学高校時代の友達からだった。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。家に向かって歩いているよ」
「ワールドトレードセンターが両方とも崩壊したよ」
「ええ?!!ホンマかいな?」
「うん、他にも何機かがハイジャックされているみたい」

友達は私に100回ぐらい電話をしてくれたらしい。で、やっとつながったということだった。その後彼は私の家族に電話をしてくれたり、とにかくすばやい対応をしてくれた。

結局私はこの後この日は一日中テレビを見て過ごすこととなり、2週間後には帰国することになっていた。
| ウォール街 | 09:36 | comments(4) | trackbacks(1) |
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